未来のかけらを探して

2章・世界のどこかにきっといる
―21話・オプション最恐につき―



その後フラインスは、爆発があった部屋の片づけをさせられ、
そのまますごすごと自分の部屋に戻っていった。
「さてと……けがは無いみたいね。
もうすぐ夕飯を作るから、部屋に戻っているといいわ。
退屈なら、その辺りを飛んでいるねこうもりに言って頂戴。」
『はーい。』
もうさっきのような目に会うのはごめんなので、
3人はおとなしく自分達に割り当てられた部屋へ戻った。
疲れた事でもあるし、昼寝でもした方がいいかもしれない。
「ふ〜……死ぬかと思った。」
「ホントだよ。フラインスおねえちゃんって、
実はへたくそなんじゃないノー?」
パササの言葉は、言った本人の意図はともかく真実である。
才能の有無以前に、性格の素質が致命的レベルだ。
先程の北極の風の調合時も、
経験に基づかない勘といい加減さで大失敗したのだから。
「じつは怒られたいのかなぁ?」
「それはちがうと思うけど……。」
怒られたくてやっていたら、それはマゾだ。
そんな変態だったら、とっくに破門されていそうなものである。
プーレ達の前では優しいシェリルも、怒るとあれだけ怖いのだから。
「ま、べつにいいジャン。」
「うん、べつにぼくたちは怒られてないもんね……。」
どことなく、プーレの態度もフラインスに冷たい。
調合の失敗による大爆発に巻き込まれたので、そのせいだろう。
音もすごかったが砕け散った氷の破片があちこちに飛び、
一瞬死ぬかと思ったくらいである。
だが散々な目に会ったものの、
その後は幸い何事もなく、静かに夜は更けていった。


―翌日―
翌日の10時ごろ。
プーレ達はシェリルの案内で、近くの海岸までやってきていた。
使い魔の魔物に乗ってやってきたので、
歩くよりも当然早く到着する。
出発は早いほうがいいだろうという、シェリルの計らいである。
前回と同じ要領で六宝珠達が氷の船を作ったので、
それに乗って早々と出発である。
「ところでさー、ダイヤってどこにあるノ?」
「そういえば、まだ聞いてなかったよね。」
今まで聞くのを忘れていただけだが、
これを聞いておかないと次の目的地が決まらない。
もっとも、ダイヤモンドは現在位置がふらふらしているので、
今聞いてちょうどいいくらいかもしれないが。
“あー、それなんだけどさ。
どーもダムシアンの東、キアタルの方向に動いてるっぽい。”
「きあたる?」
聞きなれない地名が登場したため、
エルンがオウム返しに聞き返す。
「ダムシアンの東の小さな半島にある、
山と緑がある少し暑い国よ。
まだ出来たばかりの国だから、ほとんどの人は知らなくても無理はないわね。」
キアタルは、ダムシアン王家に使えるキアタル公爵が、
数年前に興したばかりの国。
今はダムシアンの属国扱いで、まだまだ開発途上だ。
「あ、思い出した!
それってたしか、グリモーが住んでたギルベザートの森があったところだよ!」
「えー、グリモーがぁ〜?!」
「エルン、前にも話した気がするんだけど……。」
初めて聞いたような反応をされて、プーレはどっと疲れを覚えた。
「そうだっけぇ?」
「でも、キアタルにあるっていうのはボクも聞いてないヨ〜?」
「そりゃそうだよ。グリモーが言ってなかったんだもん。
ぼくもはじめて聞いた。」
大体、キアタルという国があること自体知らなかったというのが、
3人の偽らざる本音である。
「まぁ、国はあまりあなた達には関係ないものね。
それにキアタルはまだ出来たばかりの国だから、人間でも知らない人は多いわ。」
「へ〜……おねえちゃんは知ってたノ?」
「ええ。たまに外に行く時に、色々と聞くから。」
「やっぱ神様はすごいねぇ〜。」
何でも知ってるんだねと言う尊敬のまなざしを注がれて、
シェリルは困ったように苦笑した。
確かに神である以上、子供がそういう目で見ても仕方はないのだが。
「そう?単に退屈しのぎに遊びに行ったら、
たまたまそんな国があるっていう話を聞いただけよ?」
シェリルはさらりとそう答えたが、
実を言えば、地界の情報収集は意識して行っていることだ。
別に誰かに頼まれてやっているわけではないが、
大まかな流れは常に把握するようにしている。
情報は、あっても邪魔にはならない。
むしろあればあるだけ、己を有利にするものである。
「お姉ちゃんって、たいくつなノ?」
「ええ。長く生きているし、普段はあまり洞窟から離れないから。
神なんて種族に生まれたから、色々不便な事もあるのよ。」
「えー、何でぇ?」
「大きなオーガが、小さな家に入れないようなものよ。
それと同じで、神は持っている力が大き過ぎるから、逆に色々と気を使う事もあるの。
うっかり魔法を使っただけで、世界を傷つける事だってあるくらいよ。」
「よくわかんないけど、大変そうだね。」
「そうね、普段は気にならないけれど……。
いざって言う時に、時々困らされるわ。
もっとも私は邪神だから、多少は気にしなくてすむけれど。」
「え、お姉ちゃんって悪い神様だったのぉ?!」
「父親が邪神ですもの。娘だけ普通の神って言うわけにはいかないわ。
それに、よそで勝手に言っているだけで、
別に私達自身は悪さを働いたりはしないわよ。」
一般に人間が作った物語などでは、
邪神は悪さばかり働いているように書かれがちだが、それは誤りだ。
「さべつ?だねぇ。」
「差別とか、そういう問題なの?」
“違うだろう……。”
相変わらず、エルンの頭の中はどうなっているのか良く分からない。
2人につっこまれたものの、
何がいけなかったのかは全くわかっていないような様子だ。
しかしシェリルはそんなずれた発言も気にせずに、くすくすと笑う。
「別に私はかまわないのよ。
何が悲しくて、天界の禿げた年寄りに従わなければいけないの。
そう考えれば邪神でいる方がよっぽど自由だわ。」
“ほー、神様ってそういうもんか。”
エメラルドは、意外な裏事情を知ったと思ったらしく、
感心したような声を漏らした。
もちろんこれは、プーレ達にとっても意外なコメントである。
「私はね。他の神は知らないけれど。」
「ネーネー、ハゲって至高神さんのことー?」
「えぇ、そうよ。」
至高神は古今東西種族を問わず、
はげかかった初老の男性として描かれることが多い。
事実、そういう感じの姿だったりする。
「そっかー、じゃあボクはお姉ちゃんのほうがいい〜。
至高神さんは、おねがいいしても全然かなえてくれないけど、
お姉ちゃんはおいしいものくれたかラ〜☆」
そのセリフとほぼ同時に足に抱きついたパササの頭を、シェリルは優しくなでてやる。
同じことを大人がやろうとしたら古魔法の洗礼だが、
子供がやる分にはかわいいものだ。
それだけ慕われていると思えば、素直に嬉しいと思う。
「あら、ありがとう。
私も、あなた達みたいなかわいい子達に好かれる方がいいわ。」
下心だらけの人間の男共よりは。と、こっそり付け加える。
あんな見苦しい生物に比べたら、
やんちゃでも手がかかっても、子供の方がよほど良い。
と、世の男が聞いたら泣きそうな事をシェリルは考えていた。
数え切れないほど子供を育てているせいか、
すっかり母親的な思考回路のようである。
男の甘い囁きよりは、甲高い子供の声の方が好ましく思えているかもしれない。
その後も実に楽しそうに、シェリルは子供達の相手をしてやっている。
とまあこんな調子で、氷の船がのんきな空気に満たされていた、
ちょうどその頃であった。




―くっ、まさか錬金術の女神が行動を共にしているとはな……。
水晶球でプーレ達の様子を見ていた人物、
デムフィートロは悔しそうに歯を食いしばる。
「キー、何よこれー!反則〜!」
横では、ラープが手足をじたばたさせて悔しがっている。
足が地についている生き物なら、
地団太を踏んでいるといったところか。
反則的な人物が居ることもそうだが、
楽しそうにしている事も気に食わないようにみえる、
「仕方あるまい。見失わぬようにするしか……ん?消えた?
そんな馬鹿な……気づかれたというのか?!」
せめて足取りだけでも追いかけようと思った矢先に、
水晶球から映像が消えてしまった。
どうやら、結界か何かで魔法の効果を打ち消されたようだ。
あの子供が出来るわけがないので、
遠方からの魔力に反応したシェリルの仕業だろう。
だが、ここで見失いたくないからといって、
先程まで映っていた場所までテレポートするわけにもいかない。
それこそ自殺行為だ。
「デムフィートロさまぁ、どうします?」
「……報告しに行く。
あれでは、上の方々とて手が出せない。」
まさかとは思うが、近くに居る仲間が不用意に近づくかもしれない。
報告は早くしておいたほうがいいだろう。
六宝珠を持つあの子供達は、
一時的であろうとも女神の庇護下に居るのは一目瞭然。
神は基本的にどんな事があっても必要以上に世界に干渉しないが、
自分のそばに害が及べば話は別だ。文字通り、神罰が下ってしまう。
神の力は途方もなく強大で、
またそれには下位の種族は決して及ばないとされる。
たとえ神格の低い下級の神であっても、
デムフィートロ達程度の魔物を倒すのはたやすいものだ。
まして上級の神であるシェリルの手にかかれば、
赤子の手どころか蚊をつぶすようなもの。
それはまた、彼らより強い者達でもあまり変わらないだろう。
他種族が決して届かない領域に君臨するからこそ、「神」なのだから。
「簡単にはいかないものですねぇ〜……。」
「余計な横槍が入ってしまったからな。
まぁ……土のトパーズはすでに手に入れたとはいえ、
まだまだ油断は出来ないという警告とでも思うしかない。」
天災にあったと思って、諦める以外に何が出来るか。
好事はもちろん、悪事も順風満帆とはいかない。
「あのー、まさかあの女神、そのまんまずーっとなんてことは……。」
「いや、それは無いだろう。神の理に反する。」
いささか楽観的過ぎるかもしれないが、
あの女神とていつまでも彼らのそばには居ないはずだ。
明確な所持物ならば話は別だが、
一応今までは別個の行動を取っているため、いつまでも共に居る事はないはずだ。
「ともかく、いったん戻る。早く来い。」
『はーい!』
元気よく返事を返した部下2人を伴い、
デムフィートロは報告に行くためその場から姿を消した。


―数日後―
シェリルの気配怖さに、
六宝珠を狙う敵はおろかその辺の魔物も近寄ってこなかったので、
船旅は実に安全な道中だった。
無事にキアタルの海岸にも到着し、
ここでシェリルとまた別れることになった。
「そうだわ、今のうちに六宝珠を預かっておこうと思うんだけど……。
どれか一つでいいから、私に預けてくれないかしら?」
「え、なんで?」
いきなりそんな事を言われて、プーレ達は思わず目を丸くした。
何故シェリルがそんな事を言い出すのか、見当もつかないのだろう。
「大分前の事だから、忘れても無理はないわね。
六宝珠は、仲間が悪い心の持主に持っていかれたら困るって言っていたでしょう?」
「あ、そっかぁ〜。」
そういえば、そんなことも言っていたような気がする。
もう大分前なので、子供の記憶力ではつらいレベルだが。
“そうそう。運が悪いとこいつらがやられて、
俺たちみんなパクられるからなー。”
「ボクらが弱いみたいないい方すんなヨー!」
パササはそう憤慨するが、実際のところ彼らは強くはない。
しいてとりえを挙げるとすれば、
危なくなったら無理せず逃げるその意気だけだろうか。
あまり褒められたものではないかもしれないが、
生き物としては実に正しいといえよう。六宝珠を守るためという意味でも。
「まあまあパササ。
でも、たしかにこの前のやつらには勝てなかったんだよね……。」
言い返せない事は悔しいが、
あの時勝てなかったことの方がよっぽど悔しい。
何しろあの青白い肌の胸糞悪いダークエルフと、
ちょろちょろうっとうしい双子妖精のせいで、
ロビンは海に落とされ、くろっちともはぐれたのだ。
挙句の果てに、自分達も逃げる魔法の失敗で次元の狭間送り。
ここまで来ると、悔しさを通り越して恨みがわく。
「イイよ。次にあったら、ボッコボコにして殺ル!」
すでに仕返しの意欲が満々らしいパササは、
子供らしい細い肩を怒らせている。
次にあったら、本当にコテンパンにしかねない。勢いだけは。
「あらあら、ずいぶんご機嫌斜めね。
そんなに嫌な敵だったの?」
「うん。だってあいつらのせいで、
ロビンとくろっちおにいちゃんが海におっこっちゃったんだもン!」
あの時敵がブリザラさえ使ってこなければ、
少なくともロビンは海に落ちなかったし、
それを追ってくろっちが飛び込むこともなかった。
そう続けて愚痴をこぼすと、シェリルはにっこり笑ってこういった。
「そう……じゃあ、見かけたら消しておこうかしら。」
『消す?』
プーレ達の頭の中で、
例の魔物たちが白インクで塗りつぶされるという怪現象が展開した。
殺すとほぼ同義なのだが、意味がわかっていない。
「何でもないわ。ふふっ。」
理解していない様子がやはりかわいいのか、
シェリルはまた楽しそうに笑った。
黒い笑いではないが、深読みすると腹黒に見える気がする。
“お〜、あの青白野郎、今とんでもない御仁を敵に回したな。”
“まぁ……冥福でも祈っておけばいいだろう。“
彼女を敵に回した段階で、もう死は約束されたようなものだ。
彼女が本気で、出会ってしまえばの話だが。
顔こそ直接見ていないが、
そんなものは実際に出会ったプーレ達の記憶を覗き見れば簡単に割れる。
上位種族というものは、さまざまな点において反則的なのだ。
詳しいことは不明な点が多い神々の制約も、
考えてみれば当たり前かもしれない。
あらゆる種族の頂点に立つものが、個人の感情や利益だけで好き勝手に立ち回ったら、
おそらく世界はとっくに崩壊しているだろう。
「ところで、どれをあずけよっか?」
「あ、そーだっタ。」
すっかり話がそれてしまったが、
いい加減本題に戻らないといつまでたっても出発できない。
プーレが思い出したのはいいが、そこでまた問題が生まれる・
「でも、まようよねぇ。」
氷の船を作るには、3つ全部の協力がいる。
それに、普段はめったに働かないが、力を使えばそこそこには役に立つ。
プーレ達が迷っていると、当の六宝珠がこういった。
“それじゃあ、サファイアを預かってもらうといい。”
「え、なんで?」
どういう人選、いや石選でそうなるのだろう。
どれでもいいじゃないかと、プーレでさえも考えた。
まして他の2人は、意味がさっぱりだと目が言っている。
“忘れたかー?こいつ、あの白魔道士の嬢ちゃんの借り物だろ?”
「てことは、また貸しするノ?」
サファイアは確か、エメラルドの言うとおり借り物。
それをさらにシェリルに貸せば確かに又貸しだが、
なんだか図書館の本みたいな扱いだ。
“どこで覚えたんだそんな言葉……。
そうじゃなくて、借りた物がとられたら、貸してくれた人に悪いだろう?
だから、迷ってるんならサファイアを預けろって言ってるんだ。
なぁ、おまえ自身はどうだ?”
ルビーは、話の中心に上っているサファイアにここで話を振った。
サファイアは少し考える。
プーレ達のことは心配なのだが、自分の身の安全はもっと大切だ。
悪しき者に渡ってしまえば、
自分を信じてプーレ達に譲ってくれた村の人々を裏切ることにもなる。
“そうね……それが一番いいかもしれないわ。
私の力がなければ氷の船はもう作れないけれど、
取られてしまったら困るものね……。”
「じゃあおねえちゃん、サファイアおねがい。」
袋からサファイアを取り出して、シェリルに渡す。
彼女に渡してしまえば、まず敵に取られてしまうことはないだろう。
「わかったわ。しっかり預かるから、安心して頂戴。」
穏やかに微笑んでシェリルがうなずいた。
プーレ達にとって、その姿は頼もしく見える。
彼女が神だという事が何よりも安心させるのだ。
根拠に乏しいかもしれないが、無条件に寄せられる厚い信頼である。
もちろん、シェリルが子供を裏切るわけがない。
「それじゃ私はそろそろ行こうかしら。
あなた達は、ここから西にある人間の村に行くといいわ。
そこに行けばある程度は安全だし、情報も手に入ると思うから。
もちろんここもモンスターが住んでるから、行く途中は気をつけてね。」
「アリガト〜!じゃ、バイバーイ☆」
「またねぇ〜。」
「ふふ、また会いましょうね。」
来る時と違い、シェリルはデジョンズを使って帰っていった。
「それじゃ、ぼくたちもいこっか。」
『うん!』
こうしてシェリルと別れたプーレ達は、
彼女が教えてくれた集落を目指して歩き始めた。
しかし彼らは、自分達が重大な事実に直面する事をまだ知らない。
無論、その事実に衝撃を受けることさえも。





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そろそろ自分の首を絞めたいくらいの遅筆です。
次かその次辺りは、展開がある程度事前に決まってるので楽ですが。
最後が不穏な締めになりました。
次回彼らがどんな事実を目の当たりにするのかはお楽しみ?として、
ここからは銀の風の方を読んでいる方ならお分かりの展開になります。
だから最初に言った事に繋がるのですが。
同じ出来事を違う視点で。どう書こうかはこれから考えます(おい